2026 年頭所感
ヨガスクールには『未来』という手作りの機関紙があります。
1980年11月に発刊し、毎月発行を続け、2026年1月号が481号になりました。
新年号の拙文をこちらにも。
ヨガスクール機関紙『未来』2026年 年頭所感
長かったコロナ禍も収束したと考えてよいのだろうと思います。しかし、以前と同じ日常が戻った訳ではありません。
もはや昔のことのように思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、数年前までのことを少し思い返してみたいと思います。
日常が戻った今、考えること
日本における新型コロナウイルス最初の感染確認は2020年1月16日とされています。今から6年前のことになります。
日本政府による明確な収束宣言は今も発出されていませんが、感染症法上の位置づけを季節性インフルエンザと同等の「5類」とした2023年5月8日がひとつの区切りとされています。
この間、約3年3か月。現在も継続してマスクを日常とされる方もいらっしゃいますので、「コロナ禍」を何年間とみるのかは議論が必要かも知れませんが、かつてのスペイン風邪は2年で終息したといわれていますから、むしろ長かった訳です。今の先進医療をもってしても変異を伴うウイルスによるパンデミックには抗しがたいということでしょうか。
石の上にも3年という諺は少し主旨が違いますが、変化が3年に及べば定着し習慣や常識になるということもあろうかと思います。逆にいいますと、これからどれだけ辛抱してもコロナ前に戻らないことがあるということです。
私たちはコロナ禍の数年間、どうふるまってきたのでしょうか。
コロナ禍による変化
コロナ禍は、私たちの健康のみならず、社会経済活動にも様々な変化をもたらしましたが、これらには良い変化と悪い変化があったと思います。
私が思う良い変化は、ひとつは体調管理の面です。かつて、特に昭和世代には風邪ぐらいで仕事を休めないという風潮もあったように思いますが、今は(周囲の人にうつさないようにする必要性も共有されているので)早めに休息して早期回復を考えるのが一般的になったのではないでしょうか。
また、オンラインによるミーティングが定着して、例えば東京と札幌で、あるいは海外とでも気軽に打ち合わせができる環境ができたのも便利な良い変化だと思います。
爪痕
悪い変化として、変化が定着したというより爪痕というべきかも知れませんが、ひとつは長かったマスク生活の影響です。
もともと、医療や食品製造などの現場では仕事中にマスクをする場面があった訳ですが、それが四六時中となると、呼吸が浅くなる、マスクの中が不衛生になる、表情が見えない等々の問題が生じます。
成長過程にある子供たちが相手の本当の顔を知らない、表情で相手の感情を推し量ることができない状況が長く続いたことは、その後の成長にも影響を与えかねないとして懸念されています。
加えて、家に閉じこもり人と会わない期間が長かったことで、特に高齢者の身体機能や認知機能の低下という問題も起こりました。
コロナ後遺症という厄介な症状が、他の感染症と比較しますとどうやら大規模に続いているという指摘もあります。また、新型コロナワクチン接種に起因する後遺症を指摘する医師やウイルスの専門家もいらっしゃいます。
国の予防接種健康被害救済制度は迅速救済が目的のためワクチンとの厳密な因果関係は不明ですが、新型コロナウイルスワクチンに関する審査が2021年8月から実施されて以降、昨年3月までに計9031件の健康被害が認定され、うち死亡事例は998件ということです。
感染者数がごく少ない頃から日々報道されたのと比べますと、後遺症に悩む方たちの姿が伝えられる機会は少なく、パンデミックが収束した現在、一層見えにくいものとなっています。まだ解明されていないことも多いようなので、研究そのものに国としての取り組みを継続すること、その結果を踏まえて支援を継続、あるいは充実する必要があるでしょう。
顧みる
5類移行は、ウイルスの弱毒化をふまえ感染拡大と社会経済活動とのバランスをとりながら収束を図った解決だったと思いますが、だとしたらもう少し早くできなかったのか、という思いもつのります。他の国と比較してコロナ禍が長期間に渡りましたので、この間に廃業に至った事業者、解雇・転職などで、人生が大きく狂った方は少なくありません。私たちもそのことを忘れてしまわないようにしなくてはなりません。
私たちにできること
コロナ禍中、一部メディアには煽るような伝え方が散見されました。SNSは大手メディアとは違った観点から情報を得ることもできる一方、不確かであったり、フェイク情報が混在しています。専門家が個人の責任において発信するものには、フィルターのかからない注目に値するものも少なくありませんが、誰が、どういう立場で発信しているのか、自分の責任で受け取らなくてはなりません。
メディアの在り方や私たちの意識についても顧みる必要があると思うのです。
丸投げしない
医療や社会経済体制となりますと、一個人にできることは限られますが、目に見えないウイルスを相手にしたコロナ禍を経て、いわゆる自然治癒力や免疫力の大切さを意識した方も多いのではないでしょうか。
正しい食や適宜の運動、明るい心の持ち方…むしろ一人ひとりの日常にこそできることもあります。
がんの統合医療を実践されてきた癒しの森内科・消化器内科クリニックの小井戸一光先生は「自分の命を医者に丸投げしてはいけない」とおっしゃっています。専門家の意見やアドバイスは欠かすことができませんが、生活習慣が元になっているものは、その生活習慣を変えることが根治につながる道だからです。
自身の健康を主体的に考えることの大切さを私たちがあらためて認識できたのだとしたら、コロナ禍による意味のある変化に付け加えて良いかも知れません。
そして情報をどこから、どのように得るのか、という問題はSNSが普及し、生成AIが急速に進化するであろうこれから、より一層大切なテーマになってきます。
主体的に
新しい政党が国会で議席を伸ばし、日本初の女性総理・女性財務大臣が誕生し、長く続いた自民党と公明党の連立も解消となりました。近年になかった新しい政治が動き出し、先進国の中で唯一長期間経済が停滞した失われた30年から抜け出そうとする試みに期待が集まっています。
このような動きもSNSを通じた情報の拡散なくしては起こらなかったように思います。私たち一人ひとりも誰から、どのように情報を得て、それをもとにどう考えるのか、主体性が問われることになります。
人間は間違いを犯す
コロナ禍への対応もマクロ経済政策も間違ってはいけない大事なことですが、完璧ということはないので間違いはあったはずです。未知のウイルスによるパンデミックのような重大で緊急性のある問題では、急ぐあまり行き過ぎてしまうこともあるでしょう。
政治や行政も、過ちがあったのだとしたら勇気をもって認め、是正して欲しいと思います。
私たちもコロナ禍の中でもっとこうすべきだったということがあれば、今後に生かさなくてはなりません。
長すぎたコロナ禍や失われた30年という話題は、年頭に相応しくなかったかも知れません。ただ、より良い未来を描くためには、もし良くない点があれば顧みる必要があります。
夜明け前が一番暗いといいますので、コロナ禍で私たちがおかれてきた状況がより良い未来のための産みの苦しみであったと思える、今年が新たなスタートの一年になればと願います。
まずは自分自身や身近な大切な人たちの健康を主体的に考えることを日常とするよう、心がけていきたいと思います。
この記事の投稿者
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福士宗光
父から継いだ酵素製造と、自身はヨガ素人ながらヨガスクール運営を行っているケルプ研究所2代目経営者。
健康は食生活や適宜の運動を通じて自分自身で築き上げるもの。酵素とヨガでお手伝いすることが使命と考えています。

