「鬼も内」の話、再び

 

 その他

2月2日の節分

少し前から話題になっていますが今年は2月2日が節分。2月3日じゃないのは124年ぶりだそうですね。立春の日がずれたということらしい。
最近、ブログをほぼ毎日書いているので、ふと節分のことを書いているかな?と思って自分のブログ内を検索してみたら、ありました。

鬼は誰?

4年前の投稿ですが、読み返してみるとサラッといいことを書いている(笑)
節分になるとやっぱりウチが「鬼も内」だったことを思い出してしまう…いや、今も「鬼も内」なんだけどw
子どもの頃の想いというか…。

ブログの中身とは違うけど…

ウチは「鬼は外」じゃないけど…(笑)

鬼の意味

鬼のことについては本当にサラッとしか書いていなかったのでもう少し詳しく。我が家の豆まきが「鬼は外」じゃない理由です。

ウチは両親の親の代から大本という神道の家。
大本の始まりは、節分に、開祖である「出口なお」に艮(うしとら)の金神=国常立尊(くにとこたちのみこと)が神がかりしたこととされます。国祖である国常立尊はその統治に不満を持った神々により鬼門(艮)の方角に封印された鬼神(この辺りは「古事記」や「日本書紀」の世界のお話)。
「鬼」という言葉も、元々、隠れて見えないという意味の「穏」(オン)から来ていて、隠れた存在こそ親神様、大地の主宰神ということらしい。
つまり大本で「鬼」は「神さま来て下さい」とお迎えする対象なんですね。

ちなみに節分は大本の始まりの日でもあるので節分の夜から翌朝にかけて盛大に節分大祭が行われます。
「人型(ひとがた)」という紙でできた人間をかたどったものに1年間の罪や病気などを代わりに背負ってもらい、これをお祓いし、新しい年が危険や災害にあうことなく幸せであるように祈って由良川に流し清めるという行事。人型は日本国内だけではなく、アジア、アメリカ、ヨーロッパなどからも寄せられ、毎年数百万枚にも達するという。

豆まきは立春の未明3時頃から行われ、「鬼は内、福は内」と唱えながら生豆をまくそうです。一般には生豆だと芽が出るので鬼がまた戻ってきてしまう、「炒る」が鬼を「射る」に通じる、ということで炒り豆が用いられます。大本は逆で炒った豆だと芽も出ないし花も咲かないが、生の豆だと芽が出て花が咲くから、だそう。

「鬼は内」は日本各地に

我が家では「福は内、鬼も内」という言い方で、炒り豆をまいていました。先に福を呼び込んだり、すぐ食べられる炒り豆だったりと多少幅があるのは子供たちに受け入れ易い工夫な気もします。
子供心には少し違和感はあったのです。今や「鬼滅」の時代ですから「鬼は内」と言われると小さい子なら「え?」と泣いちゃうかもね(笑)

さて、4年前のブログにも書きましたが、豆まきにはいろんなバージョンがあって、「鬼は内」というのは大本だけではなく、日本の各地にたくさんあります。多くはかつての領主の氏によるとか。

大本の聖地、節分大祭が行われる綾部もかつて治めていたのは「九鬼」のお殿様。そこでこの辺りでは遠慮して昔から「鬼は外」とは言わなかったそうです。綾部は開祖なおが神がかりとなった地ということなので親和性(神話性?)がありますね。

 この記事の投稿者

福士宗光

父から継いだ酵素製造と、自身はヨガ素人ながらヨガスクール運営を行っているケルプ研究所2代目経営者。

健康は食生活や適宜の運動を通じて自分自身で築き上げるもの。酵素とヨガでお手伝いすることが使命と考えています。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 0 follow us in feedly

ページ最上部へ