鬼は誰?

 

 その他

節分は一年の区切り

昨日は節分でしたね。

豆まきとか恵方巻きとか、節分にちなむ色々な話題をSNS上で見ました。

そして今日は立春。神道の世界では節分が一年の区切りになっています。

FBにはこんなのがでてきたのでシャアしました。

こんなのがでてきたのでシェアしました。

何でうちは「鬼も内」なんだろう?

幼稚園とか小学生の頃、節分の前に鬼のお面をつくったりしましたよね?

そんな時、何でうちは「鬼も内」なんだろう?と思いました。フェイスブックにも書いた通り、うちでは「福は内!鬼も内!」って唱えるんです。

確か小学校の低学年の頃、「オニもみんな仲良くしたほうが良いから?」と父に聞いたら、難しいこと言っても理解できないと思ったのでしょうね。少し考えてから「そうだよ」と答えてくれたのを覚えています。

子供心に「優しくすれば、悪いオニも良いオニになるのだな?」みたいなことを考えた記憶がありますが、それはそれで、まぁ、アリな考えかも知れませんね。

 

本当は、鬼の定義というか、鬼はいったい何をさしているのかということで、「鬼」は「神様」を指しているという考え方なんですね。

つまり、同じ年中行事が鬼の意味が違う中で行われている。 

そして、色々調べてみると、「福は外」とか「福は内だけで鬼にはノーコメント」だったり、更に色んなバリエーションの豆まきがあって、当然、それぞれに考え方や理屈、ストーリーがある。でも、それで喧嘩になったりはしませんよね?

こういうことは日本人の良い特性のような気がします。

「うちは、鬼も内だよ」って、友達にいったら、「変なの!」とは言われたけれど、それだけのこと。お互いに強要したりはしない。

 

寛容さは大切だと思う

意味を深く考えないということなのかも知れない。でも、よく言えば多様性に対して寛容。これは大切なことだと思う。

僕の両親はしっかり信仰を持っているのだけれど、他の人どころか自分の子供にも強制はしなかった。

 

人は一人では生きていけない。他の人と協力したり世の中と折り合っていく必要があります。

自分の心のなかにある信仰だったり信念のようなものは曲げることなく、でも楽しく皆と仲良く日常を過ごしたい。

色んな鬼が居ていい。色んな鬼が仲良く暮らせる世の中が良いといったら、ややメルヘンに過ぎるだろうか?

良い一年にしたいものですね。

 この記事の投稿者

福士宗光

父から継いだ酵素製造と、自身はヨガ素人ながらヨガスクールを運営している会社、2社のケルプグループ2代目経営者。

健康は食生活や適宜の運動を通じて自分自身で築き上げるもの。酵素とヨガでお手伝いすることが使命と考えています。

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